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キューポラのある街の小百合さんの、生き生きした躍動感溢れる演技は最高でした!!そして子役達がとても良かった。特に朝鮮に帰るサンちゃん。演技が自然でまるで本物が出ているかのよう。昨今のモデルのような顔立ちの子役では、感情移入が難しい。
吉永小百合さんの演技について、いろいろなご意見があありますが、「キューポラ・・」は間違いなく名演だと思います。
日本全国にいた貧しい境遇の美少女たちを励ました吉永小百合さんの美しさは素直で嘘がなく今観ても素晴らしい。
コメントいただき、ありがとうございました。
吉永小百合さんはもう語るまでも無い日本の代表的な女優ですね。この2作品の他に「泥だけの純情」も良い作品ですね。チンピラと上流家庭のお嬢様と言う恋愛パターンの定番。実は私、リアル吉永小百合さんと会った事があるんですよね。あるCF撮影の時でした。撮影現場に入るとスタッフさんにも頭を下げ「宜しくお願いします」と丁寧に挨拶されていました。本当にオーラがある女優さんとはこうい言う方なんだなと感嘆しましたよ。
コメントいただき、ありがとうございました。直接会えるなんてラッキーでしたね。
『愛と死をみつめて』は、中学生の頃に読んで、病気と死の恐怖に震えました。厨二病だったのですね。映画は後年見ましたが、禁じられた遊びが流れていたことは覚えていません。「キューポラのある街」で、キューポラというものを知り、優れた映画が時代の空気を如実に映すものであることを実感しました。今平さんが共同脚本なので社会の暗部を抉るような映画になっていることに納得です。吉永小百合さんは、真に時代のミューズですねえ。
何度かコメントしています。「キューポラのある街」は、当時の日本の状況を背景にした良質の作品ですね。実は、私の父は「キューポラのある街」の制作関係者でした。
そうなのですね。いい映画でした。いつもご覧いただき、ありがとうございます。
この2作品は吉永小百合というより日本映画の代表作ですね。
案外今の若い人たちは知らないようです。
50年代末に小学校高学年で同級生に朝鮮の人がいた。千里馬と書かれた立派な写真集を広げて、素晴らしい国だと紹介した。自分たちも帰るんだという。しばらくしていなくなった。当時日本も貧しく羨ましい思いがした。朝鮮帰国事業なんて知らなかった。もちろん今では実際がどうであったか皆んな知っている。映画を見るといつもクラスのあの朝鮮人を思い出す。歴史が自分の人生と交差する瞬間でもある。多くの騙された人たちがいた。
そういう時代だったのですね。この映画では、新潟行きの列車から母親の元に一旦は戻ってくる少年が、その後再び帰還事業で北鮮へ渡ったとなっっています。何かやりきれない場面でした。コメントありがとうございました。
18で川口のハズレの自動車会社につとめ、浦和の寮からかよっていました。一年ほどしてベトナム戦争景気で忙しくなり、月2週夜勤、夜8時ごろ川口駅前に集合して、会社の送迎バスを待っていたりしました。駅前はだだっ広く冬はほんと寒かった。僕は広場の片隅で、カッコつけて洋モク吸ってました。今思うとそんな時にも、北へ帰る人送る人の惜別の集まりがあったのかもしれない。無知でこ生意気の僕はなーんにもきづかなかったです。その後、会社を辞めて大学に入りました。学生運動の末期で、授業中革学生同士が仲間割れしたりして、騒然としていました。友達は一人しかできなかった。川口の時は先輩、上司みんな親切だった。 あの頃はみんな貧しかったけれど、優しい人が多かった気がする。この映画でも、それが救い。でも、小沢昭一さんがやった役のように、規則を振りかざして偉そうにしている陰険な人もいました。 なんか、ここ数年で当時の悪い面だけが再現してきているようです。
非常に良い内容なのだからテキスト読み上げをキチンとしよう。例えば町工場を"まちこうじょう"と読むか"まちこうば"と言うか、昭和ならどちらかな?まぁ、余計な御世話ではあるがね。
ご指摘ありがとうございました。
2作品とも自身の人生と重なり辛い。観るも解説聴くのも嫌だ。
"I think she is the most beautiful actress in Japan."
Thank you for your comment. I agree.
XFrXO643
キューポラのある街の小百合さんの、生き生きした躍動感溢れる演技は最高でした!!そして子役達がとても良かった。特に朝鮮に帰るサンちゃん。演技が自然でまるで本物が出ているかのよう。昨今のモデルのような顔立ちの子役では、感情移入が難しい。
吉永小百合さんの演技について、いろいろなご意見があありますが、「キューポラ・・」は間違いなく名演だと思います。
日本全国にいた貧しい境遇の美少女たちを励ました吉永小百合さんの美しさは素直で嘘がなく今観ても素晴らしい。
コメントいただき、ありがとうございました。
吉永小百合さんはもう語るまでも無い日本の代表的な女優ですね。
この2作品の他に「泥だけの純情」も良い作品ですね。チンピラと上流家庭のお嬢様と言う恋愛パターンの定番。
実は私、リアル吉永小百合さんと会った事があるんですよね。あるCF撮影の時でした。
撮影現場に入るとスタッフさんにも頭を下げ「宜しくお願いします」と丁寧に挨拶されていました。
本当にオーラがある女優さんとはこうい言う方なんだなと感嘆しましたよ。
コメントいただき、ありがとうございました。直接会えるなんてラッキーでしたね。
『愛と死をみつめて』は、中学生の頃に読んで、病気と死の恐怖に震えました。厨二病だったのですね。映画は後年見ましたが、禁じられた遊びが流れていたことは覚えていません。「キューポラのある街」で、キューポラというものを知り、優れた映画が時代の空気を如実に映すものであることを実感しました。今平さんが共同脚本なので社会の暗部を抉るような映画になっていることに納得です。吉永小百合さんは、真に時代のミューズですねえ。
コメントいただき、ありがとうございました。
何度かコメントしています。「キューポラのある街」は、当時の日本の状況を背景にした良質の作品ですね。実は、私の父は「キューポラのある街」の制作関係者でした。
そうなのですね。いい映画でした。いつもご覧いただき、ありがとうございます。
この2作品は吉永小百合というより日本映画の代表作ですね。
案外今の若い人たちは知らないようです。
50年代末に小学校高学年で同級生に朝鮮の人がいた。千里馬と書かれた立派な写真集を広げて、素晴らしい国だと紹介した。自分たちも帰るんだという。しばらくしていなくなった。当時日本も貧しく羨ましい思いがした。朝鮮帰国事業なんて知らなかった。もちろん今では実際がどうであったか皆んな知っている。映画を見るといつもクラスのあの朝鮮人を思い出す。歴史が自分の人生と交差する瞬間でもある。多くの騙された人たちがいた。
そういう時代だったのですね。この映画では、新潟行きの列車から母親の元に一旦は戻ってくる少年が、その後再び帰還事業で北鮮へ渡ったとなっっています。何かやりきれない場面でした。コメントありがとうございました。
18で川口のハズレの自動車会社につとめ、浦和の寮からかよっていました。一年ほどしてベトナム戦争景気で忙しくなり、月2週夜勤、夜8時ごろ川口駅前に集合して、会社の送迎バスを待っていたりしました。駅前はだだっ広く冬はほんと寒かった。僕は広場の片隅で、カッコつけて洋モク吸ってました。今思うとそんな時にも、北へ帰る人送る人の惜別の集まりがあったのかもしれない。無知でこ生意気の僕はなーんにもきづかなかったです。
その後、会社を辞めて大学に入りました。学生運動の末期で、授業中革学生同士が仲間割れしたりして、騒然としていました。友達は一人しかできなかった。川口の時は先輩、上司みんな親切だった。 あの頃はみんな貧しかったけれど、優しい人が多かった気がする。この映画でも、それが救い。でも、小沢昭一さんがやった役のように、規則を振りかざして偉そうにしている陰険な人もいました。 なんか、ここ数年で当時の悪い面だけが再現してきているようです。
非常に良い内容なのだからテキスト読み上げをキチンとしよう。例えば町工場を"まちこうじょう"と読むか"まちこうば"と言うか、昭和ならどちらかな?
まぁ、余計な御世話ではあるがね。
ご指摘ありがとうございました。
2作品とも自身の人生と重なり辛い。観るも解説聴くのも嫌だ。
コメントいただき、ありがとうございました。
"I think she is the most beautiful actress in Japan."
Thank you for your comment. I agree.
XFrXO643